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2006/10/23

時代祭 Ⅱ 行列 ①

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「時代祭」 2km、2000人の行列が、明治維新から平安時代へと時を遡ります。

時代祭は,葵祭・祇園祭と並ぶ京都三大祭の一つで,平安神宮の祭礼として,桓武天皇が長岡京から遷都されたと伝えられる10月22日に催されます。

明治28年、遷都1100年に沸く京都で「第四回内国勧業博覧会」が開催されました。
この時、京都はパビリオンとして平安宮大極殿(だいごくでん)の5分の3の模型を建てましたが、その素晴らしさが評判となり、博覧会終了後も『残してほしい』という保存運動が起きました。
そこで、この模型の大極殿をそのまま神社として残す事となり、『平安神宮』が誕生いたしました。神社が誕生しますと祭礼(祭り)が必要となります。
そこで多くの市民が、この新しい神社のための祭発足に参加し、一大時代仮装行列が考案され『時代祭』が生まれました。
古くから都であった京都では、古時代の衣装も多く残っておりましたので、短期間で各時代の装束を揃える事も可能でした。
そして、遷都1100年にちなんで、桓武天皇が長岡京から遷都されてきたと伝えられている10月22日が祭礼日に決まりました。
祭礼の行列は、この時から、平安時代から明治維新までの装束に扮するものと決められ、当初、6行列が古い時代から順に巡行しておりましたが、大正時代に入り、『明治維新から平安時代へと時を遡ってパレード』するという、当時では、人々を驚かせる発想の転換を経て、現在では18行列がパレードしています。(京都ガイドブックより)

時代祭り先頭

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維新勤王隊列(いしんきんのうたいれつ)  明治時代
丹波国北桑田郡山国村(京都市右京区京北)の人々が務めた山国隊が原形,現在は第8社区域(中京区朱雀学区)が務めます。 

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幕末志士列(ばくまつししれつ) 明治時代
坂本龍馬(さかもとりょうま)・桂小五郎(かつらこごろう)など24人の志士で構成,京都青年会議所の有志が務め,昭和41年に加えられました。

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西郷隆盛

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徳川城使上洛列(とくがわじょうらくれつ) 江戸時代
即位の礼や年始の表啓など京都における重要な儀式に,江戸幕府が将軍の名代として遣わした大名列,元々は徳川上使と書かれていました。第6社区域(下京区・南区)が務めます。

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江戸時代婦人列(えどじだいふじんれつ) 江戸時代
和宮(かずのみや)・吉野太夫(よしのだゆう)・出雲阿国(いずものおくに)などの列,祇園東・宮川町のお茶屋組合が1年交替で務めます。

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吉野太夫

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出雲阿国

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豊公参朝列(ほうこうさんちょうれつ) 安土桃山時代
慶長2(1597)年9月の豊臣秀頼(とよとみひでより)元服の際に,伏見城から御所へ参内する豊臣秀吉(とよとみひでよし)の一行を表した列,秀吉は,牛車に乗っていると設定されているため,行列には姿は見えません。第10社区域(伏見区)が務めます。

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織田公上洛列(おだこうじょうらくれつ) 安土桃山時代
正親町天皇(おおぎまちてんのう)の命を受けて,尾張の織田信長のもとを上洛要請に訪れた立入宗継(たてりむねつぐ)と,永禄11(1568)年10月に上洛を果たした信長と家臣達の列,第五社区域(東山区・山科区と中京区・下京区の一部)が務めます。

織田信長

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羽柴秀吉

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柴田勝家

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楠公上洛列(なんこうじょうらくれつ) 吉野時代
正慶2(1333)年6月に隠岐・伯耆から還幸する後醍醐天皇を兵庫に出迎え,上洛の先駆を務めた楠木正成(くすのきまさしげ)と弟正季(まさすえ)を中心とする列,第9社区域(右京区・西京区)が務めます。

楠木正成、弟正季(まさすえ)

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中世婦人列(ちゅうせいふじんれつ) 吉野時代
淀君(よどぎみ)・静御前(しずかごぜん)や大原女(おはらめ)・桂女(かつらめ)などの列,上七軒歌舞会が務めます。その内,大原女・桂女は,大原農協婦人会・桂及び桂東婦人会有志が扮しています。

大原女

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桂女

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淀君

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静御前

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城南流鏑馬列(じょうなんやぶさめれつ) 鎌倉時代
承久3(1221)年5月の承久の乱に際して,後鳥羽上皇が城南宮の流鏑馬にかこつけて畿内周辺の武士を召した時,それに応じて上洛した武士達を表した列,第四社区域(中京区・下京区の一部)が務めます。

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残念なことをしました。
京都人は「時代祭り」なんて見に行かないものなのです。
だから風邪を引いたのを口実に夫には「観光客してらっしゃい」と追い出したのですが、写真を見てみると良いじゃないですか。

昔見た記憶からですが、とても好きなところがあるのです。
それは写真4枚目の「ピーヒャラ ホットイテ」の笛の音と共に現れる「維新勤王隊」の行進です。足を横に振り上げて歩く姿がとてもカッコ良く見えたものです。
・・・でも、写真じゃ普通に歩いているみたい。来年確かめに行かなくては。
7枚目の大名行列の毛槍の投げ渡しも上手だった。今でも忘れられないくらいに印象深いものです。来年は絶対に行こうと思いましたね。

このあとまだ行列は明日に続きます。

今日は枚数が多いので「紅葉の名所写真」はお休みです。

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コメント

 りせさん今晩は
ご夫妻様 お風邪とのこと心配です。素敵なブログを拝見できる
ことは嬉しい限りですが、くれぐれも無理をされないでご養生く
ださいませ。
 本日の時代祭りの行列は素晴らしい写真と、わかりやすい
解説のお陰で歴史の復習をしながら、楽しく拝見しました。
 2キロメ-トル2000人の行列が、明治維新から平安時代
へと時を遡ることがわかり、スケ-ルの大きさに感動していま
す。この続きも楽しみですが、どうぞ体調を第一にされ、
ご無理をなさいませんよう願っています。

投稿: 中川 | 2006/10/24 18:33

★中川さん こんばんは♪
いつもコメント有り難うございます。
風邪の心配有り難うございます。そんなにヒドイ風邪じゃないですから心配なさらないで下さいね。
時代祭は2000人が歩くのですから、先頭から最後まで2時間以上かかります。
時代装束の勉強にもなるし、カラフルで綺麗なお祭りですね。
私達は早々と風邪をひいて、次は充分に気をつけます。
中川さんこそ風邪を引かないようにご自愛くださいませね。

投稿: りせ | 2006/10/25 00:12

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