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2006/11/12

壬生から島原へ

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バス停「壬生寺道」 から島原に向かって歩いていきます。

「元祇園梛神社」
壬生の「元祇園梛神社」 スサノオノミコトほかを祭り疫病除けの神で知られる。
貞観年間、京の悪疫退治のため祭神を東山八坂に祭る前いったんこの地の梛の森に神霊を仮祭祀したのが起こり。このため元祇園とも。
祇園祭傘鉾の起こりも同社の祭祀に由来するという。5月第3日曜は例祭で祭事のあと神霊を鳳輦(ほうれん)に移し、北・三条通、南・松原通、東・壬生通、西・土居の内通に囲まれた氏子社中を巡行する。
特に少年勤王隊、獅子、鉾、花傘などの祭列は見もの。建立:870(貞観11)年 
(京都観光情報システムより)

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凄い立派な狛犬です。

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境内には梛神社のほかに『隼神社』も併祀されています。

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境内をあとに坊城通りを下がります。

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 文久3(1863)年,江戸幕府は浪人懐柔統制のため浪士組を組織した。浪士組は上洛して壬生村で郷士前川・八木邸等に分宿した。指導者の清河八郎(1830~63)は尊王攘夷運動に浪士組を使おうとし,その策謀を知った幕府は東帰させた。残留した芹沢鴨(?~1863)・近藤勇(1834~68)らが新選組を結成し,前川・八木邸を屯所として尊王攘夷派や倒幕派の弾圧を行った。(フィールドミュージアム京都より)

前川邸

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新撰組グッズの販売もしていました。

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屯所の石標と八木邸。 (トップの写真も)

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壬生の名水「鶴寿井」 新撰組の人も毎日飲用したそうです。

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続いて「壬生寺」の順ですが、前日の記事をどうぞ。

光徳公園

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「京都市中央卸売市場」 公式サイトです。

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島原住吉神社

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島原東鴻臚館址

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この後、角屋に入ります。角屋 Ⅰ 角屋 Ⅱ

最後に島原大門に着きました。 この後龍谷大学大宮学舎を経て京都駅へ。

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紅葉の名所 「安楽寺」 (2004/12/6)

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■散策・00 京都駅 壬生 島原 界隈」カテゴリの記事

コメント

 こんばんは♪
本当に人がいないですね^^;
あの行列は何だったの?と云う感じです
屯所はもちろん、隣の御菓子やお土産屋も人・人・人でした(ーー;)
「鶴寿井」も記念撮影と飲む人の列で、屯所から整理する人がいたくらいですよ
当然近くの「黒竹家」も人、バス停も人でした(ーー;)
 
 

投稿: きこ | 2006/11/14 01:21

★きこさん こんばんは♪
そんなに多い人出だったのですか?
私には想像できません。イヤ、出来るかも・・・あんなかんじかな?
1000円でも人が入るわけですね。今も同じ値段。値下げはヤッパリ出来ないのでしょうかね。
「屯所○」は美味しいけれど、大きさからみてヤッパリ高い。先日京都駅のイセタンの「阿闍梨○」が行列になってました。こちらは安いし20人は並んでおられた。私も並んで買いました。

投稿: りせ | 2006/11/14 02:29

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