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2007/01/31

暗闇せまる 鴨川

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まだ暖かさが残る夕方に今出川通りに架かる加茂大橋から、四条通りまで鴨川左岸を歩きました。

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白鷺の群れが飛び立つ寸前です。南の方へ一斉に飛んで行ってしまいましたが、四条までは下りた様子はありませんでした。ねぐらに帰ったのかしら。ねぐらはどこなのでしょうか?

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四条の方向です。日は随分長くなりました。夕方は犬の散歩。

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鴨が餌探し。

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京都府立医科大学附属病院

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飛び石で向こうまで。橋まで行かなくてもいいから楽です。

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トビが枝に。いつもの木です。

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京都大学・東南アジア研究所

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1月14日、暖かい夕刻でした。

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歩いてきた北山の方向を見ました。

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今日は丸太町の橋までです。

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四条まで遠そう。

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2007/01/30

鐘馗さん 上七軒

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古来より魔よけとして屋根の上に置かれている「鐘馗(しょうき)さん」。この頃は見かけると写真に撮るようにしています。
天神さんへは上七軒を抜けて行きました。
古い家、新しく建った家にも鐘馗さんを見かけました。
鐘馗さんの由来は、
玄宗皇帝が熱で病に伏していた時の夢で、楊貴妃の香袋と笛を盗もうとしている小鬼をひげ面の大男があっという間に食べてしまったという。夢から覚めた玄宗皇帝の病は治っていたことから、夢に見た鐘馗を描かせ災厄を祓う守り神とした。(このサイト様より抜粋させていただきました)

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また、京都のある奥方が原因不明の病で伏していた時、向かいの屋根の鬼瓦がこちらを向いているのに気付き、「向かいの鬼瓦で除けられた災いがこちらに降りかかっているためかもしれない」。そこで深草の瓦職人に鐘馗像を作ってもらい鬼瓦と睨みあう位置に据えたところ、たちまち病は全快したという。(〃)

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二階部分が低く堅格子が土で塗りこまれている窓。
虫籠のように見えた事から虫籠窓(むしこまど)というそうです。

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鐘馗さんを置く場所は、向かいに鬼瓦がある家の場合には、鐘馗さんを正面から向かい合うように据え、お向かいに既に鐘馗さんが載っている時は、お互い睨み合うことがないよう目線をはずして据えたり、鐘馗さんの睨みを笑い飛ばすという意味で代わりにお多福さんをのせるのだそうです。(〃)

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鐘馗さんがいらっしゃいます。

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郵便局もレトロです。地図はここを中心にしています

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上七軒歌舞練場入り口と駒札です。(黒くてゴメンナサイ)

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ここを通っていくと。

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上七軒芸妓組合に出ました。

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二月三日(土)に北野天満宮で節分祭が行われます。

10時より本殿にて祭典。午後1時より神楽殿に於いて・・・狂言 (茂山千五郎社中)→引き続き日本舞踊 〈上七軒歌舞会)→引き続き豆まき (上七軒歌舞会・茂山千五郎社中) 14時頃終了 。

写真は一昨年の神楽殿での狂言と日本舞踊です。

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2007/01/29

北野天満宮 合格祈願絵馬

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北野天満宮
菅原道真公をお祀りした神社の宗祀であり、国を鎮め守る神として平安時代中期多治比文子らによって北野の右近馬場に菅原道真公の御霊をお祀りしたのが始まりとされています。
菅公は「和魂漢才」の精神を以って学問に勤しまれ、幼少の頃より文才を表し、朝廷の官吏として活躍されました。
永延元年(987)一条天皇の令により初めて勅祭が執り行われ「北野天満宮天神」の神号を得ました。
寛弘元年(1004)の一条天皇の行幸を初めてとし、代々皇室の御崇敬を受け、江戸時代には寺子屋の精神的中心として菅公の御分霊がお祀りされ、「天神様」として親しまれ、学問の神様としての信仰は現在まで受け継がれています。(公式サイトから)

天暦元年(947)の創建と伝え、天徳3年(959)藤原師輔(もろすけ)によって社殿が整備され、天正15年(1587)には、豊臣秀吉が、付近一帯の松原で北野大茶会を催した。
本殿(国宝)は、豊臣秀頼が、慶長12年(1607)に造営したもので、権現造(ごんげんづくり)の代表的遺構である。また、中門は三光門と呼ばれ、後西天皇筆の勅額「天満宮」を掲げている。
宝物としては、紙本著色北野天神縁起絵巻(国宝)などの貴重な文化財を蔵している。
毎年2月25日には梅花祭、10月14日には瑞饋祭(ずいきまつり)が催されるほか、毎月25日の道真公の命日には多くの参拝者で賑う。上京区馬喰町。(駒札より)

入学合格祈願には京都の人間は必ずお参りに来られるでしょうね。京都以外からも当然多くの受験生及びお母様が。
「あんたは家で勉強してなさい」ということで、うちでは母が代わりにお参りしてました。ご利益半減か?

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まだまだ隙間がありますからどうぞ。(子供だけかしら?)

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ズラーッと絵馬を掛ける棚が。絵馬の数が半端じゃない。

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今年の受験生でしょうか?カップルとは羨ましい。(因みに私は女子高、古い話)

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道真公は、承和十二年(845)六月二十五日、すなわち乙丑年、丑月、丑日、そして丑刻のお誕生であることにより、牛にまつわる縁起が多く、牛は天神さまのお使いとなっている。(公式サイト)

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三光門の東向かい、安政二年(1855)十月、河原町正面にあった「大黒屋」を中心とする質商組合によって奉献された石燈籠がある。
台座に大黒さまの像が刻まれており、この大黒さまの口に小石をのせて落ちなければ、その小石を財布に入れるとお金に困らないといわれる。(公式サイト)
・・・「大黒さんの鼻の穴が大きくなっている」とコメントいただいていて。。。私すっかり見に行く事を忘れていました。次回に行きます。

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東門から入り、楼門から出て行きました。

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小さな牛さん。普通は「よだれ掛け」なのでしょうが、ケープのようにかかっていて暖かそう。もう5時を過ぎても明るさが残っているけどキャッチボールをする子供達が。ボールは見えるのかしら。

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早く帰らなきゃ私。

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2007/01/28

二年目のご挨拶

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「京都を歩くアルバム」をブログで開設して一年たちました。
皆様、今日も見てくださって有り難うございますm(_ _)m

その間、皆様から励ましのコメントやメールを数々いただきました。心よりお礼を申し上げますm(_ _)m。
素人写真ですのに、写真を誉めてくださる言葉が多く、嬉しい限りですm(_ _)m。

一年間続けられたのは皆様方のランキングへの応援クリックのお蔭ですm(_ _)m
コメントは大喜び、コメントくださった方々のサイトは訪問しているのですが、なのにお礼のコメントを残すのが大の苦手で・・・・・。
失礼をお許し下さいm(_ _)m 引きこもり系の付き合いベタ主婦です。

ホームページでの写真の公開が面倒になって、継続の為に「ブログ」という形で毎日セッセと更新してきました (^^)v

今、写真の数は5300枚くらいになっています。(ウッソーではありません)
撮っただけの膨大な数の写真、その中から選び出して加工。毎日毎日大変だあ。
目(近視に乱視に老眼)の酷使による痛み、座った状態が続くことからの膝腰の異常も自力で乗り越え(笑)、いたって元気に風邪も引かずに頑張っています。

更新がイヤになったことは何度もありました。「ブログなんか辞めてやる!」。引き止める夫と何度喧嘩したことでしょうか(夫はこのブログの一番のファンです)。
夫の応援京都散策のお蔭(単に夫は写真が撮りたいだけかデートがしたいだけ?)で、かなり多くの寺院巡りをしました。拝観料たるやいくらか? エイッ悔しい!。

            *-----*-----*-----*

「この頃やたら記事の左右が賑やかになっているじゃないの」と、思っておられるかと。

そうなのです。。。何事にもやりだすと止らない私は、アフィリエイトをセッセと入れてこんなに増えてしまいました。

品が無いなあと思わないで下さいね、お願いしますm(_ _)m。

アフィリエイトで拝観料を捻出しなくちゃぁね。
でも、私自身がウロウロして買ってたら、何のこっちゃ。

京都の景色を楽しんで、京都のお店をひやかして、ネットショッピングで巷に流行っている物をチェックして楽しんでいただければと思っています。

「うっとおしいなあ」と思われる方は カテゴリー、バックナンバーから見ていただいたら直ぐに消えてしまいますよ。

私、普段はちゃんとした?「京ことば」をしゃべる「京おんな?」ですが、文章を京都弁で書くことが恥しいというか抵抗があるというか、それにちょっとした間違いが気になる方なので標準語風に書いています。

それに・・・変なイントネーションで読まれてしまったら「京ことばが台無し」でしょ。

トップの写真は「雪の日の北野天満宮」です。

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北野天満宮 梅の花だより

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北野天満宮 公式サイトです。
去年の梅の開花はスゴーク遅かったのですが、今年は早くてもう咲き出していました。

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もう暗くなり始めた頃に行きました。撮影は1月27日。

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白梅の方が早く咲きだすのでしょうか?

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蝋梅です。とても甘~い香りが漂っていました。

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「梅」ですね。

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ココログにトラブルがあったのか、1月27日以前の記事へのコメントが出来ない状態です。とりあえず今日の記事のコメントに返事を書きます。
コメント下さった方 返事が遅れてゴメンナサイm(_ _)m。

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2007/01/27

粉雪舞う 円通寺

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今日から心機一転だかどうだかですが、2年目に突入しました。

今日は今まで行った中で枯山水を集めようかと探していたら、またまた円通寺も1-2枚しか入れてなかったようです。
以前は【主】がホームページ、ブログは【付録】のつもりだったので、このブログには少ししか入れてなかったのです。他にもありそうです。今はすっかり逆転です。

円通寺  大悲山と号し、臨済宗妙心寺派。左京区岩倉幡枝町
円光院瑞雲文英尼は園基任(そののもととう)の女(むすめ)、後水尾天皇御生母中和門院に侍した人で、帰洛してのち、延宝6年(1678)輪王寺宮守澄法親王の尽力を得て一宇を興し、妙心寺塔頭・龍泉庵の本如実性を請じて開山として開創された。
文英尼が変相観音経を印造して中国の寺院に贈ったことは有名である。
後水尾上皇は大悲山号円通寺の勅額を賜い、霊元天皇は勅願寺と定め梵鐘を納進し、しばしば御幸になった。なお、霊元天皇宸翰(しんかん)御消息は重要文化財に指定されている。地図はここです。(下の写真の上の方にあります)

庭園は比叡山を借景とした枯山水平庭で趣があり、後水尾院の幡枝(はたえ)離宮の庭をそのまま今に伝え、国の名勝にも指定されている。(駒札より)

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かつてはカメラの持ち込みは禁止されていましたが、周辺の開発に伴う景観の破壊を憂い、この今の景色を画像に残しておくということで、比叡山を借景にしたこの景色のみ撮影が許可されています。
等持院で借景の衣笠山が全く見えなくなっていることを思うと、この比叡山がいつまでもこの形で見ることが出来ますように。

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もう少し写真の技術を上げなくては・・・何せシャッター押すだけだから暗い写真です。これ以上明るく仕上げれませんでした。

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焚き火の煙が漂ってきました。

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ここからは初夏に行った時の緑鮮やかな石庭です。

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少し横へ移動しただけで比叡山と杉の木の位置が変わってしまいます。

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紅葉の頃も良さそうですね。

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ココログ・フリーの容量が「2000メガバイト」なのですが、現在このブログは「1600メガバイト」でほぼ80%に達しています。
1年半は持つだろうと思っていましたが、そろそろ次を考えなくてはいけません。
そっくりお引越しは無理なので、これはこのまま置いておいて新しく「続・京都を歩くアルバム」を作るつもりです。次は容量無制限を探さなくちゃ。

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是非是非毎日一回クリック宜しくお願いいたします。

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門を出るときに粉雪が舞ってきました。

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2007/01/26

東福寺 方丈庭園

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「京都を歩くアルバム」をブログで開設して一年たちました。
皆様、今日も見てくださって有り難うございますm(_ _)m

今日はパンパカパ~ンと「祝一周年記念日に「私の好きな庭園巡り」を記事にしようかと、いろいろ見ていたら・・・ナント「東福寺」をほとんど載せてないのに気が付きました。これは大変です。ということで急遽・・・東福寺に決定。「な~んだ普通じゃないの」と言うことです。一周年は厳密には明日なのかな? 

「東福寺 方丈庭園」です。 東福寺の公式サイトです。
方丈庭園は1938年(昭和13)、重森三玲氏によって作庭されました。
釈迦成道を表現し、八相の庭と命名され、近代禅宗庭園の代表として広く世界各国に紹介されています。(
重森三玲氏邸はこちら

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右は「方丈 東庭」
北斗の庭といわれ、柱石の余材を利用して北斗七星を構成している。

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方丈南庭

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方丈正面の南庭
210坪(693平方メートル)、東西に細長い地割に、蓬莢・方丈・瀛洲(えいじゅう)、壺梁(こうりょう)の四島に見立てた巨石と、砂紋による荒海の表現に加え、西方に五山を築山として大和絵風にあらわし、神仙境を表現しています。
鎌倉時代の質実剛健な風格を基調に、近代芸術の抽象的構成をとり込んだ枯山水式庭園です。 (公式サイトより)

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感じ方は人それぞれだと思いますので、言葉は邪魔になるかと。出来るだけ綺麗な構図で表現できれば良いなあと思っています。

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方丈西庭 西庭は「井田市松」の庭。
さつきの刈込みと砂地が大きく市松模様に入っています。

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市松模様は古くてモダンですね。

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方丈北庭(裏庭)
市松の庭は、作庭以前に南の御下賜門内に敷かれていた石を市松模様に配したもので、通天紅葉の錦織りなす景観を借り、サツキの丸刈り、苔地の妙が調和するという、南庭とは逆に色彩感あふれる空間となっています。

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コメントをよくくださるきこさんが先日行って来られて「苔が伸びすぎて盛り上がって石が見えなくなっていた」と仰ってました。

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写真が多目になりました。

今日は東福寺の方丈庭園だけ、その他の伽藍はまた次の機会にして明日は「お気に入りの庭園巡り」の予定です、これこそ一周年記念です。

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どうして模様をつけるのだろうか?交わりもとても綺麗。

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2007/01/25

雪の庭 等持院

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雪が溶けてしまわないうちに金閣寺から「きぬかけの道」を下って次に入ったのが「等持院」です。(竜安寺はこの時修理中)

等持院
山号を万年山といい、もと仁和寺の一院であったが、南北朝時代の暦応4年(興国2年・1341)に足利尊氏が夢窓国師を開山として中興し、三条高倉の等持寺の別院とした。延文3年(正平13年・1358)尊氏の歿後この寺に葬り、その法名をとって等持院と名づけ、のち、等持寺を合併して臨済宗天竜寺派に属するようになった。
 足利氏の菩提所として堂塔伽藍は衣笠山麓に威容を誇ったが、長禄年間(1457~60)以来、しばしば火災にあって荒廃し、現在の建物は江戸・文政年間(1818~30)の建立である。場所はここです。(駒札より)

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天龍寺でも同じ「達磨さん」を見ました。(他の臨済宗の寺院でも達磨さんの掛け軸を見たような)臨済宗の寺院にだけ共通なのでしょうか?

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境内には尊氏の墓と伝える高さ5尺の宝筐印塔があり、庭園は東西に分かれ、西の庭は芙容池と称し衣笠山を借景にした夢窓国師作庭と伝える池泉回遊式であり 北側に義政公好みの茶室清漣亭がある。

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雪もここまで溶けてしまうと、ちょっと中途半端。さつき、つつじの頃に是非訪れてみたいものです。

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「衣笠山を借景にした」・・・ですが・・・大きな建物が建っていて全く衣笠山が見えませんでした。何故ここまで・・・と残念でなりません。
茶室清漣亭の左に本来なら衣笠山見えるのでしょうが、「ああ~」です。

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すぐ左に接近して建っています。

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方丈は、元和2年(1616)福島正則が建立した妙心寺海福院の方丈を移建したものと伝えられている。方丈南庭です。

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霊光殿には尊氏の念持仏といわれる利運地蔵像を安置し、左右壇上には足利各将軍と徳川家康の衣冠等身の木像が安置されています。

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金閣寺に続いて「竜安寺」に行ったのですがこの時、石庭の油土塀と柿葺屋根の全面葺き替えが行われていた為に拝観せず「鏡容池」の周りだけを散策してきました。

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2007/01/24

雪の金閣寺

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今日は雪の金閣寺をお届けします。金閣寺公式サイト

総門に至る参道・・・滑るのです。私にはストックが必携です。

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総門

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舟形石

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拝観料を払って、さあいよいよ金閣を。

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雪の量がちがう?・・そうです。二日行っています。

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セキレイも遊んでいます。

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金閣のすぐ傍まで寄りましょう。ツルツル滑って近付くのが大変です。

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山の方には両日とも行っていません。

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雪の金閣寺を堪能していただけましたか?
カテゴリ-の「金閣寺 銀閣寺」で以前雪の金閣寺を記事にしています。

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2007/01/23

京都駅前 老舗デパート閉店

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昨日はココログのメンテナンスがお昼前だけだと思ってましたのにトラブルがあったのか今日の早朝まで使用出来ませんでした。
毎日規則正しい??更新でしたので「ぶっ倒れたのではないか?」と心配してくださった方もあるかなあ??無いかなあ?
上の写真は「近鉄ホームから」(奈良への私鉄)の京都駅ビルです。

今日はぐっと気分を変えて京都駅前からです。
今、京都駅前の「PLATZ(プラッツ)近鉄」で閉店売りつくしセールが行われています。
「87年のご愛顧ありがとうございました」といっても、「丸物」から「近鉄」になり今は「PLATZ近鉄」。トータルで87年なのですね。
何度も名前が変わるから最初の「丸物」で私は通していました。

行って来ました。「閉店売りつくし」
「閉店まであと何日」のカウントダウンまであって、「閉店の日まで従業員一同明るい笑顔で応対いたします」なんて淋しいアナウンスが流れて閉店ムード一杯だけど、私は改装してまた名前が変わるだけだと思っています。

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昔、デパートの階段に使われている大理石には「化石が入ってる」ということで「丸物」「大丸」「高島屋」などの階段で化石を探したものです。(私、高校時代は地学クラブでした)ここ「丸物」は「近鉄」に変わった時に内部改装がかなり行われたようですが。

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「もう一つの藤田嗣治展」を紹介した時に「プラッツ近鉄にあった藤田嗣治の絵はどうなっていますか?」とコメントいただきました。(丸物に電話をかけて行く先を確かめてコメント欄に返事しました)
閉店が決まって大作の幾つかは売られたようでしたが、まだ残っていた絵の展示がされていました。

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「海山の幸」 藤田嗣治 東郷青児 合作。

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「屋上塔」 東郷青児 (後の商品と私まで写ってしまいました)

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「朝」 岩澤重夫

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「仏画」 杉本哲郎

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屋上遊園地にも行って来ました。子供達で溢れていない遊園地は淋しい。

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京都タワー
1964年(昭和39年)12月に誕生した「京都タワー」。公式サイトには「灯台」イメージしたって書いてあります。京都のランドマーク、京都を出入りする時に見送られ、迎えてくれる京都タワー、正に「灯台」。でも京都の私達は「形はろうそくだ」って思ったの。
でもほとんどのブログは「灯台」で終わっていて・・・。出来た当時の物議を知らない若い方なのね。(”五条大橋”と”牛若丸と弁慶”のモニュメントも大いに物議)
先日、京都テレビの「京都ちゃちゃちゃ」で「和ろうそく」のことを取り上げていた時「京都タワーはろうそくだと言われていますね」って年配の司会者がちゃんと仰ってました。そう、「和ろうそく」を見てくださいね。神社仏閣に行けば「和ろうそく」を見れますよ。
(しつこいようですが「あれは灯台です」で片付けられるのが悔しくて、京都の人間の京都タワーに寄せる変遷も私は大切にしたいのです)

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駅ビルです。

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買い物にゆっくりし過ぎていたら日が暮れて。

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最終バーゲンにもう一度行かなきゃ。閉店は2月末日です。

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2007/01/22

雪の大原の里 実光院 勝林院

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雪の大原の里です。

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京都バスの停留所からすぐのところです。

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今日は実光院、勝林院を紹介します。

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