« 京のにゃんこ1 | トップページ | 京の茶店5 松尾大社 »

2007/10/10

立砂・盛砂2

     一昨日に続いてのご紹介です。

     八大神社(6月)
     八大神社は永仁2年(1294年)に創建され、一乗寺の氏神。古くか
     ら「北天王」(北の祇園)と称され、皇居守護神十二社中の一つにも
     なっている。また、八大神社本殿西に、宮本武蔵が吉岡一門と決闘
     した当時の”下り松(さがりまつ)”の古木が保存されている。宮本武
     蔵像もあります。

     Dsc07974a

     12月

     Dsc13624a

     鷺森神社(8月)
     貞観年間(859-77)創建と伝えられ、もと修学院離宮地にあったのを
     元禄年間(1688-1704)に現在地に遷座。本殿、拝殿、手水舎は安永
     4年、回廊は昭和42年の造営。スサノオノミコトを祀り、修学院、山端
     地区の産土神である。5月5日の「さんよれ祭」は少年達が着物姿に
     紅たすき、菅笠姿で手には扇子を持ち‘さんよれ、さんよれ’のかけ声
     で鉦、太鼓で神輿とともにねり歩く。(京都市観光文化情報システム)

     Imj_2243a

     桜や紅葉の頃の参道は見事です。

     Imj_2284a

     大将軍神社(8月)
     平安時代の頃には官の御用の瓦を焼いていた鎮守社と伝えられる。
     西賀茂の産土(うぶすな)神で、本殿は上賀茂神社の片岡社本殿を
     寛永5年(1628)から移建されたとのことです。立砂も上賀茂神社か
     ら受け継いだものでしょう。一方、桓武天皇の平安遷都にあたり王
     城鎮護を目的に京の四隅に大将軍を祀ったひとつであるという説も
     あります。

     Img_8284a

     ところで、Wikipediaによると、産土神は生まれた土地を領有、守護す
     る神で、血縁を基にした氏神、氏子の関係に対し、郷土意識と強く結
     びついた信仰意識にもとづく。そして、京都では中世に稲荷神社、御
     霊神社、賀茂神社、北野神社などの有力な神社を中心に産土神を基
     にした産子区域の観念が発達し、初詣をはじめ、成年式、七五三など
     産土詣でをする風習が盛んになった・・・・とのことです。あまり観光客
     に顧みられないこの神社にもそれなりの歴史があることが分ります。

     Img_8281a

     最後に、おなじみの高台寺の方丈前庭「波心庭」(12月)

     Img_2076a

     Img_2075a

     こちらは、昨年3月のライトアップ「京の四季」のときです。

     Img_3784a

     上の写真の下側にある黒い影は、予め盛砂の部分を覆ったもの
     です。画像を投影するスクリーンとしては、盛砂が目立ち過ぎて
     邪魔になるのでしょう。マニアとしては少し残念ですが、横から
     眺めれば輪郭が分ります。、

     Img_3801a

     庭に降りて見れば、もっとよく見えます。ライトアップの演出家の
     意図ではないかも知れませんが、この角度が「波心庭」らしい。     

     Img_3817a

     今日もご覧いただきありがとうございました。 

 ブログランキングに参加しています。クリックして応援してくださいね  
   は是非よろしく♪   にほんブログ村 旅行ブログへは気が向いたらよろしく☆

|

« 京のにゃんこ1 | トップページ | 京の茶店5 松尾大社 »

2 シリーズ 特定・こだわり風景 1」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 京のにゃんこ1 | トップページ | 京の茶店5 松尾大社 »