京の眺望4 清閑寺
一年を通じて観光客でにぎわう清水寺から、子安塔横の山道を少し行
くと、清閑寺があります。この寺は、「歌の中山」という山号のとおり、昔
から多くの歌人が歌に詠んできました。
高倉天皇陵

天皇陵の右に清閑寺の参道があります。

高倉天皇の寵愛を受けた藤原成範の娘小督局(こごうのつぼね)は、
平家物語にも登場し、宮廷一の美貌で筝の名手といわれた女性です。

平清盛の娘で中宮の徳子を差し置いて、高倉天皇が夢中になって
いることが清盛の怒りをかうことになります。能「小督」は、清盛か
ら逃れて嵯峨野に潜んでいた小督を、高倉天皇の使いの源仲国
が探し出すくだりが舞台です。

仲国はためらう小督局を無理やり連れて戻り、高倉天皇の寵愛ぶりは
以前にも増したものになります。やがて小督局は懐妊して、範子内親王
を出産します。

徳子より先に天皇の子供を生んだことで清盛の怒りは頂点に達し、
小督局の髪を無理矢理切り出家させてしまいます。そして、範子
内親王をとりあげて、徳子の養子にします。

のちに、小督局は高倉天皇陵に近い清閑寺に庵を結び、隠れ住み
ます。生涯その菩提を弔い過ごしたといわれますが、晩年のことはほ
とんど知られていません。ただし、平家が滅び鎌倉時代になってから、
藤原定家が病に臥した小督局を見舞ったという記録があるそうです。
この場所から京が扇の様に見えることから、その要(かなめ)の
位置にある石は要石とよばれています。市内南部が見えます。

願いあらば あゆみをはこべ 清閑寺 庭に誓いの 要石あり

この寺で唯一残っている本堂の裏に回ってみます。

時代は過ぎて、鉄幹の父与謝野礼厳(1823-1898)は西本願寺の役僧
で歌人でした。明治29年9月妻を亡くすとその冬に清閑寺に隠棲しました。

年を経て 世にすてられし 身の幸は 人なき山の 花を見るかな
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